田臥勇太は、日本人初のNBAプレイヤーとして記録に残る選手です。
しかし、NBAに挑戦する前は、日本のチームにいたことや、現在日本のチームで活躍していることなど、あまり知られていない部分があるのも事実です。
そこで、田臥がどこのチームに所属していたかを振り返ってみましょう!!
田臥勇太の歴代所属チームから振り返る!!
田臥勇太のこれまで
トヨタ自動車アルバルク(JBL)
2002年5月に、スーパーリーグ(バスケットボール日本リーグ1部の前身)のトヨタ自動車アルバルクに入団しました。その年のチームの準優勝に貢献し、新人王、オールスターのファン投票1位を獲得するなど、その実力、人気ともに評価を受けていました。
そして、2003年5月にトヨタ自動車アルバルクを退団し、NBAの挑戦が始まります。
7月に、ダラス・マーベリックス(NBA)のサマーリーグ参加、9月にデンバー・ナゲッツ(NBA)と契約を結ぶも、プレシーズン3戦の出場のみで、開幕ロースター入りできず解雇されます。
ロングビーチ・ジャム(ABA)
2003年11月、アメリカ独立プロリーグ(ABA)のロングビーチ・ジャム・アルビレックスと契約をし、2004年4月の優勝に貢献します。
フェニックス・サンズ(NBA)
2004年9月6日、フェニックス・サンズ(NBA)と契約をし、11月1日開幕メンバーにも登録され、日本人初のNBAプレイヤーとして歴史に名を残しました。そのあと、4試合に出場するものの、2004年12月18日に解雇されました。
そして、再びロングビーチ・ジャム(ABA)と契約をすることとなりました。
2005年9月、ロサンゼルス・クリッパーズ(NBA)と契約し、プレシーズンに7戦出場するも、シーズン開幕目に解雇されてしまいました。
アルバカーキ・サンダーバード(DL)
そして、NBA参加のNBAデベロップメント・リーグ(DL)のアルバカーキ・サンダーバードに入団し、チームの主力として活躍するが、怪我での離脱を余儀なくされてしまった。
2006年7月、再びダラス・マーベリックス(NBA)のサマーリーグ参加に参加するも、契約には至りませんでした。
ベーカーズフィールド・ジャム(DL)
そして、2006年11月にベーカーズフィールド・ジャム(DL)に入団することとなった。
しかしながら、開幕ロースター入りを果たせなかった田臥は、別のチームへの入団をすることとなった。
アナハイム・アーセナル(DL)
そのチームとは、同じDLに所属するアナハイム・アーセナルです。
2008年7月、ニュージャージー・ネッツ(NBA)のサマーリーグに参加するものの、契約に至ることができず、ここで田臥のNBA挑戦は終わりを迎えました。
リンク栃木ブレックス(NBL)
そして、2008年8月31日、リンク栃木ブレックス(NBL)に入団し、6年ぶりの国内復帰を果たしましtた。
そのあと、現在までリンク栃木ブレックスに所属しており、最近では日本代表への復帰など、第一線で活躍し続けています。
まだまだ活躍し続ける田臥に、これからも注目ですね!!